永六輔の病気、パーキンソン病と前立腺がんだった…!【絶句】

こんにちは。2016年に83年間の生涯に幕を閉じた永六輔ですが、どうして亡くなったか原因はご存知ですか?

 

実は永六輔さんは“あの病気”で亡くなってしまったのです。

 

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永六輔のプロフィール

 

永六輔の病気

 

永 六輔(えい ろくすけ)
本名 永 孝雄(えい たかお)
生年月日 1933年4月10日
出身 東京府東京市浅草区(現・東京都台東区)
死没 2016年7月7日(83歳没)

永六輔の病気

 

永六輔の病気

 

「上を向いて歩こう」や「こんにちは。赤ちゃん」など、現在でも歌い継がれる名曲の作詞を多数担当してきた永六輔。そんな永六輔ですが2010年、永六輔は病院の検査によりパーキンソン病だと診断されます。

 

永六輔の病気・パーキンソン病ってなに?

 

永六輔の病気

 

パーキンソン病は、脳の異常のために、体の動きに障害があらわれる病気です。
現在、日本には約15万人の患者さんがいるといわれています。高齢者に多くみられる病気ですが、若い人でも発症することがあります。

 

パーキンソン病の主な症状として、

 

  • 動作が遅い・少ない・小さい

歩く速度が遅く、そして歩幅も狭くなり、腕の振りも小さくなります。手足が震えるといった症状が出ます。

  • 安静にしている時に、手や足に細かな震えが生じます。

患者さんの腕や足を動かそうとすると、関節がカクカクするような震えが起こります。

 

  • バランスがとれない

自分がグラついたときに、姿勢を立て直すことができず、そのまま倒れてしまいます。

 

と言った症状が起こります。永六輔も例に漏れずこの症状があったようです。今まではこのパーキンソン病が発症すると、10年で身体が動かなくなり、寝たきりになると言われていましたが、現在では薬によって症状を遅らせる事が出来ます。

 

永六輔の病気・パーキンソン病の原因

 

永六輔の病気

 

どうして永六輔はパーキンソン病になってしまったのでしょうか?それは脳の神経伝達物質のドパミンの不足が原因です。

 

このドパミンは脳の中脳の黒質という部分の神経細胞で作られていますが、パーキンソン病の患者さんの脳では、黒質の細胞が減りドパミンの作られる量が少なくなっています。

 

黒質の神経細胞が減少するのかは、まだ完全には分かっていません。しかし、パーキンソン病の患者さんの脳を調べると、ドパミンを作る神経細胞などに、レビー小体というタンパク質の塊ができていることが知られています。

 

レビー小体の主な成分はアルファ・シヌクレインという異常なタンパク質で、このタンパク質が神経細胞にたまると、神経細胞がダメージを受けて減ることが分かっており、アルファ・シヌクレインやレビー小体がパーキンソン病の原因ではないかといわれています。

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現段階ではパーキンソン病は完治する事が出来ない病気です。なので、薬を飲みながら上手く病気と付き合っていくしかないんですね。

 

永六輔の病気…前立腺がんでもあった

 

永六輔の病気

 

永六輔の病気はパーキンソン病だけではなく、前立腺がんでもあったのです。前立腺とは文字通り前立腺のがんなのですが、男性特有の病気でもあります。

 

前立腺がんには初期症状がほとんどなく、がんが膀胱や尿道に広がると排尿時の痛みや尿漏れ、血尿などと言った症状が見られ、更に癌が大きくなると排尿困難になります。さらにがんが進行すると、リンパ節や骨(骨盤や脊椎)に転移してしまいます。

 

永六輔の病気・前立腺がんになる原因

 

永六輔の病気

 

前立腺がんの原因として、

高カロリー、牛乳の飲み過ぎ、高脂肪、過食、間食、タバコ、酒の飲みすぎ、の生活をしている人は、前立腺がんに罹るリスクが高くなる。これは腸内細菌の悪玉菌が優勢になる食生活で毒素が生産され、その影響が関係している

といった事が原因とされています。要は、食の欧米化と飲酒・喫煙ですね。

 

元々野菜中心だった日本ではほとんどない病気だった前立腺がんですが、近年食の欧米化によって、肉や牛乳を口にする事が多くなりました。大腸がんもそうですが、元々野菜と魚中心だった日本人が肉食を始めた事によって病気になるケースは多いのです。

 

 

永六輔の死因

 

永六輔の病気

 

タレントの永六輔さんが7日午後1時57分、肺炎のため死去したことが11日、分かった。83歳だった。所属事務所が発表した。

 

永さんはパーキンソン病を患い、足の骨折から車椅子での生活を余儀なくされたが「再びラジオの番組で皆様のお耳にかかりたい」と自宅療養に専念していたという。6月末でTBSラジオ「六輔七転八倒九十分」を終了すると決めてからも、リスナーに「ごあいさつの言葉だけでも届けたい」と、回復に向けてリハビリに取り組んでいた。

 

だが、徐々に気管の炎症が収まりにくくなり、息を引き取ったという。担当の医師によれば「死因は肺炎としますが、老衰といっていい状況」で、穏やかな最期だった。

 

所属事務所は「これまでに出会ってきた、よいお医者さまとよい医療スタッフ、よい仲間に全力で応援していただき、励まされ、永六輔として納得できる人生のしめくくりであったと思います。みなさまには長い間、本当に心強い励ましをいただき、心より感謝申し上げます」とメッセージを寄せた。

 

2016年7月7日、七夕の日に83年間の生涯に幕を閉じた永六輔。死因は肺炎ではあるが老衰と言っていい状態だったという事で、人生を全う出来たと言って良いのでは無いでしょうか?

 

最後まで自分のファンの事を気遣っていた永六輔は、やはりプロ意識が高い方だったんですね。彼の冥福を祈るばかりです。

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コメント

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